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晩秋の「残像に口紅を」 [読書]

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 穏やかな晩秋の日が続いていましたが、急に寒くなってきました。いよいよ季節は冬に向かおうとしているようです。

 少し風が冷たい日でした。近所の小学生たちが学年ごと男女ごとに分かれて家の裏の道を駆けっこしていました。近所の小学校で毎年行われているマラソン大会です。遅いと思っていた背後の雑木林や山も少しずつ彩りを深めて来ています。


 私たちの市の図書館では、古くなった本や雑誌を「本のリサイクル」と称して定期的に市民に無料で配布していました。コロナになってからは図書館に行っていないので、今も「本のリサイクル」をしているのか知りません。

 リサイクル会場で好きな作家の読んでいない本を見つけたら迷わず手に入れました。それ以外にも無料なら読んでみようかなと思う本、ちょっと知的欲求を満たす本などを見つけると早いもの勝ちなので確保しました。

 一人20冊までと言う制限なのですが、さすがにそこまでは欲張りません。会場の中にはどう見ても20冊を越えた本を抱えている人もいましたが、大方の人は5.6冊から10冊以内だったと思います。


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 本を読むスピードよりもらってくる頻度と量の方が多くて、私の本棚はリサイクルの本でいっぱいになっていました。去年頃から本棚を整理したくなって、読みそうに無い本は廃棄し、読みたい本だけを残して読み続けています。

 最近読んだ常磐新平、ねじめ正一、出久根達郎などは皆この「本のリサイクル」でもらってきたものばかりです。他にも「チャップリンとウーナ夫人」、村上春樹の「回転木馬のデッド・ヒート」「ソフィーの世界」など、無料でもらうには勿体ない書籍がまだ何冊か本棚に残っています。

 いずれも20年以上前に出版されたものばかりで、多分ほとんどは絶版になっているのだと思います。読み終えた本を新刊書籍のネット書店などで検索してもヒットしないことが多いです。

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 リサイクルでもらってきた中で本棚に残っていた一冊、筒井康隆著「残像に口紅を」をひと月ほど前に読みました。筒井康隆さん、ほとんど読んでいません。映画やテレビドラマ化されて有名な「時をかける少女」も氏の作品だと言うことを失念していたほどです。

 「残像に口紅を」はちょっとびっくりするような小説でした。この小説の主人公は作家で小説を書くという生活を描いています。面白いのは、書いていくうちにその小説の中で使える文字(正確には音)がどんどん減っていき、失った言葉が示す実態も無くなっていくと言うことです。

 実験的小説と言えば良いのでしょうか。失われた言葉で表現される登場人物やかつてあった建物、お店など身の回りの物までが次々に姿を消していきます。存在したものを失うことの哀しみと寂しさが小説家の胸に去来します。

 小説家は書き進むうちに自分の文体を崩さないと書いていけなくなります。言葉の置き換えが頻繁になり、話は次第に行き詰まっていきます。そこで普段書いた事が無い濡れ場を書くことに挑戦したり、小説家の過去を振り返ったりして話を進めていきます。

 最後の方は章がどんどん短くなり、残された音による単語の羅列だけのような文章になって行きます。ほとんど何を表現しようとしているのかわかりません。ページに映し出された苦心を見ながら、何とも言えないおかしみと同時に著者の執念のようなものを感じます。

 文字や言葉を駆使して自分の思い描く世界を展開していくのが作家です。それが文字や言葉を次第に失っていくと言うことは、思うように小説世界を展開していけなくなると言うことになります。そんな難題を自らに課しながら、または逆手にとって、一つの作品を最後まで書き通したエネルギー、力量に感服です。

 我々が普段何不自由なく使っている言葉を失うことが、その言葉が示している実態を失うことがどういうことなのか、幼い頃からどんどん言葉を獲得していった私たちは、歳を重ねていくにつれ今度は言葉を失っていきます。すぐに人の名前や名詞を思い出せないことが多くなっている今の私の状況を重ねて見ます。

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 読み終えてから「残像に口紅を」をブクログで検索すると中公文庫がヒットしました。リサイクルに回った本としては珍しくまだ現役で頑張っているのだと思いました。

 それからしばらくした日のこと、午前のテレビ番組でいろんなジャンルのヒットチャートを紹介していました。その時、一瞬ですが「残像に口紅を」の印象的な表紙が画面に映し出されて驚きました。まるでフラッシュバックみたいでした。その後番組での解説は行われませんでした。

 「残像に口紅を」の奥付を見ると1989年の出版で私がもらった本は初版でした。約30年間、私は知りませんでしたがそれなりに人気を保っていた小説だそうです。しかしそれにしても今頃ヒットチャートに乗るのは不思議です。

 調べてみると、本を紹介して人気の「TikTokerけんご」と言う方が画像SNSTikTokでこの本を紹介したことで火が付いたのだそうです。有名ネット通販の書籍部門で一位になりさらに増刷になっているそうです。

 わからないものです。30年前の決して一般的では無い小説が、今の時代を象徴するようなSNSで紹介されて再ブレイクするとは何とも面白い話です。でもその過程はともかく、若者をはじめいろんな人に素晴らしい本が紹介され売れるのはいいことですね。


 ところで私はこのブログの文を「あ」抜きで書いてみました。書いていて使えない名詞や言い回しに何度もぶつかりました。いつもより念入りに見直したつもりですが、どこかに「あ」が使われていたらご容赦下さい(笑)

 一文字でも大変なのに、次の「い」まで抜くとまさに「愛」が無くなってしまいます。(大地真央のコマーシャルみたいです)

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 今夜も忘れていたRの続きです。前回に引き続き今回もベーシストでRon Carter(ロン・カーター)です。「オルフェのサンバ」にしたかったのですが、私のお気に入りの演奏がYouTubeに無かったので、今夜もAutumn Leavesです。




こちらはおまけ


nice!(44)  コメント(26) 

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コメント 26

(。・_・。)2k

リサイクル本 良い事ですね
どこでもやってるのかなぁ???
何年か前にみたい本があり会員カード作ったけど
それ以来使ってないんですよねぇ

by (。・_・。)2k (2021-11-26 12:27) 

たいへー

図書館に行ったのはいつだろう・・・
子供にせかされて行って以来だから。^^;
by たいへー (2021-11-26 15:47) 

yoko-minato

何年たっても読み継がれていたり再ブレイク
する本はありますよね。
私は最近は目が疲れて中々本を読めませんが
家にはたくさんの本があります。
夫が本が大好きなのです。
もっと字が大きいと読みやすいのですけどね。
by yoko-minato (2021-11-26 16:40) 

夏炉冬扇

ねじめ正一、出久根達郎、大好きです。
私は購入するタイプでしたが、お二人の本も、まちおこしの古本に提供しました。
by 夏炉冬扇 (2021-11-26 17:46) 

yoriko

リサイクル本の無料配布はとても良いことですね
買うつもりはなかったけど頂けるなら読んでみようかと思う方絶対にいらっしゃいますものね。
1人20冊までとは図書館も太っ腹です(笑)

SNSの力は偉大ですね、もし紹介されなかったら火はそれほどつかなかったかもしれませんね。
言葉が消えて行くのは経験してるので
そうそうそう、とうなづきました(笑)
あ、を使っていないのは気がつきませんでした
面白いチャレンジです。
これからまたゆっくり読み直してみます。

by yoriko (2021-11-26 19:18) 

ローリングウエスト

読書の秋、デジタル派も増えてきましたが、やはり実際に紙ページをめくって読み直す読書が一番いいですね。リサイクル会場で好きな本を見つけ出す楽しみもまたいいものです。もう数日後は師走を迎えるんですね。色々あった2021年もあと1ケ月、時の経過は早いものです。この年末年始は第6波に見舞われず3回目のワクチン接種をすれば、今度こそ真のコロナ終息を迎えると信じたいです!
by ローリングウエスト (2021-11-26 19:59) 

きよたん

小説家と言葉は切っても切れないですよね
この本について読んでいないのですが変わった
小説ですね
今の時代に再ブレイクした
読んでみたいです。図書館へ行ってみようかな

by きよたん (2021-11-26 21:56) 

爛漫亭

 いい本が頂けるのですね。
顔や声、性格など、すべて思い出せるのに、名前だけが
思い浮かばない。「ことば」はラベルなのですね。
実体まで失うのは怖い世界です。


by 爛漫亭 (2021-11-27 10:00) 

そらへい

2kさん
こんばんは

リサイクル本、他所ではあまり聞きませんが
全国を見渡すとよく似たことをやっているかも知れないですね。
図書館、行き出すと癖になるのですが行かないとさっぱりですね。
なかなか買えないような高価な写真集を
無料で借りられたりするのはいいですね。

by そらへい (2021-11-27 19:09) 

そらへい

たいへーさん
こんばんは

図書館もレンタルビデオ店と一緒で
一度借りると返さないといけないので行くことになります。
そして返しに行ったついでにまた借りたりして続くことがありますね。

by そらへい (2021-11-27 19:12) 

そらへい

yoko-minatoさん
こんばんは

今回の再ブレイクは著者も驚きだったのではと思います。
確かに読書、目に来ますよね。
もっともスマホを長時間見るよりはましですが。
図書館には、大きな活字の書籍などもありますが
一部の書籍に限られているようです。
最近の書籍は活字も大きくなって読みやすくなっていますが
古い本は小さな活字がぎっしりでページを開いただけで
読書意欲を削がれてしまいます。
by そらへい (2021-11-27 19:17) 

そらへい

夏炉冬扇 さん
こんばんは

常磐新平、ねじめ正一、出久根達郎さんの本は以前から
購入して気に入っていたのですが、リサイクル本で
まだ読んでない本に何冊も出会えたのはラッキーでした。
まちおこしの古本も本のリサイクルと同じ様なものですね。
by そらへい (2021-11-27 19:21) 

そらへい

yorikoさん
こんばんは

リサイクル本の企画、本好きにはありがたいです。
絶版になって廃棄されるくらいなら、
より多くの人の目に触れることはいいことだと思います。
処分費用も馬鹿にならないでしょうし。

30年も前の本が文庫になって生き続けてきたからこそ
TikTokerの目にもとまったのだと思います。
再ブレイクは全くの偶然ではないですね。
音やその音が入った言葉が使えなくなるのはこの本の中では
虚構ですが、私たちの失語は現実なので笑えません。
「あ」を使えなかったので
アマゾン、アプリ、暗喩、ありました、朝など
いくつかの言葉の置き換えに苦心しました。
著者の苦労の気分をちょっとだけ味あわせてもらいました(笑)
by そらへい (2021-11-27 19:35) 

そらへい

ローリングウエストさん
こんばんは

読書の秋はいつの間にか読書の冬になりそうなこのところの寒さです。
12月の気候らしいですが、もう数日で師走なんですね。
リサイクル本ばかり読んでいると、少し時代遅れになりそうな気もするのですが、今回のような出会いもあるものだと感心しています。
本を読んで本の世界にだけ浸っていたら、コロナも怖くないですが
日々そういうわけにもいきません。
海外の感染の拡大の原因は、ブレイクスルー感染だとか
早くワクチンを打った医療従事者と高齢者が危ないですね。

by そらへい (2021-11-27 19:41) 

そらへい

きよたんさん
こんばんは

著者が筒井康隆氏なので、
こういう変わった内容の小説は他にもありそうです。
私は初体験でしたが。
図書館で借りるのは、再ブレイク中なので
ひょっとしたら待たされるかも知れませんね。
by そらへい (2021-11-27 19:45) 

そらへい

爛漫亭さん
こんばんは

私もはじめは言葉だけがなくなっていくのだと思っていましたが
言葉が表す実体もなくなっていったので驚きました。
そこで著者が味わう寂しさや味気なさが
この小説を実験だけでない物にしている気もしました。
by そらへい (2021-11-27 19:49) 

しばちゃん2cv

世の中に存在する、映画 本 曲でいいものがヒットしないのは、決して駄作でなく世の中が知らないだけです。(僕の経験的な感ですが)
by しばちゃん2cv (2021-11-27 22:14) 

mymy

こんばんは。筒井さんの本は実は名作揃いです。常識を破壊し続けるこの方に人生を変えられた人は多いかも。…ただ90年代頃から「書けなく」なってるのでそれ以前の全集に収録されてる作品をまずおすすめします。
by mymy (2021-11-28 01:16) 

su-nya

この本が話題になっているのを知り、
読んでいなかったので気になってました。
実験的な面白さもありそうで。」
私も時々リサイクル本もらってきますが
結局借りてきたものを優先するのでなかなか読みません。
「あ」抜き、お疲れさまです!
by su-nya (2021-11-28 11:15) 

そらへい

しばちゃん2cvさん
こんにちは

おっしゃるとおりだと思います。
皆さん、それぞれ心血を注いで作品作りに没頭されています。
最近は、自分にとっておもしろかったか、否かで判断するようになってきました。
by そらへい (2021-11-28 15:15) 

そらへい

mymyさん
こんにちは

筒井康隆さんの作品は若い頃にいくつか読んでいると思います。
ただ、おっしゃるように常識を破壊し続ける氏の姿勢に
常識人の私は怖くて面と向かい合えなかったのだと思います。
「残像に口紅を」以降、しばらく書かれなかった時期があった
とどこかで読みました。
by そらへい (2021-11-28 15:19) 

そらへい

su-nyaさん
こんにちは

ご存知でしたか。
私はリサイクル本で読んだ本が偶然ベストセラーになっていたのを知って驚きました。知っていたら読んでいなかったかも。
面白い実験小説で、ただ実験のための実験ではない所がいいですね。
リサイクル本は、どうしても後回しになってなかなか減らないので
このところ頑張って読んでいます。

by そらへい (2021-11-28 15:22) 

ぼんぼちぼちぼち

なんだか不条理演劇みたいな小説だなあと拝読していて感じやした。
興味があるので、チャンスがあったら読んでみるかも知れやせん。
by ぼんぼちぼちぼち (2021-11-29 14:30) 

そらへい

ぼんぼちぼちぼちさん
こんばんは

形式的には、小説家の日常を描いているのですが
その日常が言葉とともに、実体が次々に消えていくので
普通ではありません。私が感じたおかしみは
不条理劇に通じるところがあるかも知れませんね。
by そらへい (2021-11-29 17:31) 

ken

千葉県佐倉市にいてた時に近くに市立図書館があっていつも
利用してましたが、年に3回ほどブックリサイクルという催しを
やってました、いらない本を図書館にもってきて、図書館で廃盤の
本とあわせて無料で配布していました、たまに掘り出しものがありました。
by ken (2021-12-07 21:42) 

そらへい

kenさん
こんばんは

本のリサイクル、やはりあちこちでやっているのですね。
当市では図書館所蔵の本限定です。
不要な本を持ち込んで合わせて無料配布とは
点数も冊数も大きな物になりますね。
巡り巡って、良い本がいろいろな読者の目に触れる機会が
増えるのは良いことだと思います。
by そらへい (2021-12-08 19:53) 

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