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テレビと私(2) [思い出]

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庭の白いスイセンが終わりかけてきた頃、黄色のスイセンが咲き出しました。少し切り取って、お墓参りの花に添えました。コロナ騒ぎの最中のお彼岸でした。

 私とテレビの付き合い第二弾は中学高校時代に移ります。一家に一台のテレビは当たり前になり、もうテストパターンの放送はなくなり、番組は百花繚乱、テレビは草創期から全盛時代に向かって突き進んでいった時代です。

 チャンバラごっこや三角ベース、冬は凧揚げやビー玉遊びなど暗くなるまで遊んで、家に帰って来るとテレビにかじりつくと言った気楽で暢気な小学生生活も、中学に入ると急に変わったものになりました。

 まず、私たちのところでは中学生になると急に外で遊ばなくなるのです。中学生になってまで外で小さい子と遊んでいるのは格好悪いという風潮が伝統的にありました。

 それに私は中学校に入ると、好きだった野球部に入部しました。帰りはいつも遅く遊んでいる時間はありませんでした。テレビ番組は7時頃から見ていた気がします。

 その頃よく覚えているのは「ウルトラQ」「隠密剣士」「七人の孫」「忍者部隊月光」アニメは「風のフジ丸」「ビッグX」、今でいうバラティでは「そっくりショー」「ダイビングクイズ」などでしょうか。

 そして何より1964年、中学一年生の時に東京オリンピックがありました。体育の時間は体育館で皆揃ってテレビに映し出されるオリンピック生中継を見ました。当然、家に帰ったらバレーボールや体操、柔道などに熱狂、今もその興奮を思い出します。

1-DSC_3647.JPGご近所のサンシュユがようやく咲きました。

 中学に入ると野球の練習の他に、中間や期末の試験があります。試験前になると部活も休みなって早く帰ってきて試験勉強をしないといけないのですが、9歳下の弟と一緒に自分より低年齢の番組もけっこう一緒になって見ていた気がします。

 NHKの人形劇「ひょっこりひょうたん島」もこの頃始まったと思います。私はその前の人形劇「チロリン村とクルミの木」で育ったので、博士やドン・ガバチョがいるしゃれた物語が始めは少しなじめませんでした。弟が見ていたのでその後ろから覗くように見ていた気がします。

 「とんま天狗」「チャコちゃん」「奥様は魔女」アニメ「スーパージェッター」「ワンダー3」「オバケのQ太郎」「宇宙家族ロビンソン」ちょっと大人びて「ナポレオンソロ」「プロポーズ大作戦」などでしょうか。「11pm」は同級生の間で話題になっていましたが、夜遅いので見させてもらえませんでした。

 夜の8時台になるとどのチャンネルも歌番組を放送していたのもこの頃だと思います。「これが青春だ」「飛び出せ青春」など青春ドラマもこの頃熱くなって見ていたように思います。

 時代劇では大川橋蔵の「銭形平次」を家族揃って見ていました。大川橋蔵さんが「スター千一夜」だったかの番組でスーツ姿で出ておられて、その顔が銭形平次の顔とあまりに違うので別の人かと思ったことを覚えています。

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休耕地はヒメオドリコソウで賑やかです。

 テレビは一家に一台なので茶の間に集まって皆で揃って見ていました。歌謡番組なども当然親と一緒に見るので、私が生まれる前に流行った歌なども一緒に聞くことになりました。両親が過ごした青春時代の歌、体験していないことでも意外と耳に残ったものです。

 「ウルトラマン」「忍者はっとりくん」「マグマ大使」アニメは「ジャングル大帝」「魔法使いサリー」何度も言いますが、子供向け番組は弟がいたので見た記憶はありますが連続して見ていたわけではありません。

 ビートルズが来日したのは私が高校一年でしたか。同級生の間で話題になっていたのではっきりわからなかったのですが、ともかく見なければと親を説得してチャンネルを変えてもらいました。

 これも家族揃って見ました。演歌や歌謡曲しか知らない我が両親と私には、多分真面目に聞いた初めての洋楽だったと思います。きゃーきゃー言っているだけでわけがわからないうちに終わってしまいました。

 このことは後々わたしに洋楽への憧れとコンプレックスをもたらし、後年は日本の曲をおろそかにして外国の曲を偏重する習癖をもたらしました。

1-DSC_3662-001.JPG家の桜の蕾はいちばん膨らんだところでこんな程度です。

 高校生になると、勉強ばかりしていたわけではないのですが、勉強に裂く時間はそれまでと比べて当然多くなりました。学校が遠くかつクラブ活動もしていたので帰りが遅く、あまり連続してテレビを見る事が出来ませんでした。覚えているのは「キーハンター」「肝っ玉母さん」「三匹のサムライ」などでしょうか。

 「柔道一直線」「サインはV」など特撮スポ根ものはこれも弟と一緒だったと思います。近藤正臣がピアノの鍵盤の上に立って、ダンスを踊るように足でピアノを弾いたのには驚かされるというか笑わされました。

 あと「クイズタイムショック」先日亡くなった木内みどりさんの「安べぇの海」なぜか覚えています。民放昼ドラだったと思うのですが、試験勉強で早く帰った時か夏休みに見ていたのだと思います。

 勉強をしないといけないのに、ついつい弟とテレビを見てしまったり、普段見もしない番組をだらだら見てしまっては勉強時間がなくなって自己嫌悪に陥ると言うことを繰り返していました。

 楽しいはずのテレビがこの頃から敵のように思えるようになっていきました。夏休みなど時間があるとき一日テレビを見て過ごすと、それで一日は何事もなく過ぎるのですが、さて今日一日何をしたかと自問してみると私自身は何もしていないことに気づきます。ただテレビを見ていただけだという自責の念に強く駆られるようになりました。

 テレビがなければもっと有意義な時間が過ごせたのにと、自分の努力不足を棚に上げて諸悪の根源をテレビのせいにするようになっていきました。

 テレビとの葛藤は、私が家を出て大学の寮に入ることで自然消えることになりました。寮の食堂には寮生が見るテレビが一台ありましたけれど、ここでどんな番組を見たか記憶がありません。ほとんど見ていなかったと思います。この頃覚えているテレビ番組があるとしたら、実家に帰省したときに家族と一緒に見た程度だと思います。

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 今日のMMax Roach(マックス・ローチ)です。と言ってもマックス・ローチの演奏はほとんどクリフォード・ブラウンとの共演盤しか知りません。このアルバムは昔、廉価版レコードで買ってよく聞きました。アルバムの中にはクリフォード・ブラウンのソロをフューチャした曲もありますが、マックス・ローチのドラムも聞けるこの曲にしておきます。



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ツグミとジョウビタキ [野鳥]

 世の中が騒々しく不穏な空気が充満しだしている中、今年のひな祭りが過ぎて行きました。我が家の娘は嫁いでもう家にはいませんが、その孫娘にせがまれて妻は今年もひな飾りを出していました。

 座敷がひな人形と赤い毛氈で華やいだのも束の間、臨時休校になった孫に手伝ってもらいながらひな人形は、一昨日片付けられました。それにしてもこのようなひな祭りを迎える事になるとは、令和2年やオリンピック開催年に湧く今年の初め誰が予想できたでしょう。

 コロナウイルス、とうとう我が県でも感染者が出ました。近畿では我が県だけがまだ空白地帯だったのですがそれも時間の問題だったのだと思います。実際はちゃんと調べられていなかっただけかも知れません。

 感染者は日に日に増えとどまるところを知りません。感染者が個人からクラスターという固まりになって、一気に人数が増え感染経路の特定や行動範囲の把握が難しい事態に陥りつつあるようです。

 小中高は突然臨時休校になり、あちらもこちらも自粛自粛です。この先、いったいどうなるのでしょう。私の今月の予定も一つは中止、後の二つは縮小、延期となりました。




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 今日は「私とテレビ(2)」の予定だったのですが何も準備できていないので、また鳥さんのお世話になることにしました。

 ジョウビタキ、去年の秋の終わり冬の初めの頃に撮って以来です。何度か家の裏で見かけていたのですが撮るチャンスがありませんでした。去年撮ったのと同じ雌、同じ個体ではないかと思います。

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 くるくると丸い目が愛らしいジョウビタキですが、俯くとちょっと怖い表情になりますね。

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 ジョウビタキを撮り終わって、もう少し他の野鳥がいないものかと雑木林の方に向かっていったら、その雑木林から一羽の鳥影が飛び立ってお隣の栗の木に止まりました。

 慌てて戻って栗の木の枝の絡み合った向こうに白い顔をしたツグミが隠れていました。この鳥も何度か姿は見かけていますが写真を撮るのは今冬初めてです。

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 栗の木の枝が邪魔で困ったなと思っていたら、急に飛び立ってうまい具合に我が家の桜の枝に止まりました。

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 桜の木の枝の間で、ツグミは何を思うのでしょう。

 ツグミが飛びたったかと思う間もなく、お隣の庭で「私はもっと撮っていいわよ」とばかりにジョウビタキのメスが啼きました。

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 田舎に籠もって畑と野鳥の相手をしていれば、コロナウイルスの心配もないかも知れませんが、いくら田舎でも生活するには買い物に出かけなければいけませんし、仕事にも出かけて人と接しないわけにもいきません。


 今夜のMMal Waldron(マル・ウオルドロン)です。曲はビリー・ホリデーのピアノ伴奏をしていたマル・ウオルドロンが彼女が亡くなったあとに追悼の意味を込めて演奏したレフトアローンです。何かをせつせつと語るように歌うジャッキー・マクリーンのアルト、若い頃何度も聞きました。



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