野山は錦秋などと言われるこの時期、一瞬だけ華やぎを取り戻したかのように輝いて見えます。しかし、それもおおかた散ってしまって、12月、これからは灰色の空と黒い裸木のシルエットが目立つ淋しい季節になっていきます。
冬は朝起きるのがつらかったり、寒くて嫌ですが、季節自体はそれほど嫌いでもありません。春や夏の草刈作業などから開放されて、趣味の時間が増えます。霜で白くなった天井川沿いの土手を鳥を探して歩いたり、暖房の効いた部屋で音楽を聞くのも悪くありません。
寒い季節になると私は妙にクラシック音楽が聞きたくなります。クラシックと言っても、持っているレコードは、バッハやモーツアルト、ベートーベン、シューベルト、チャイコフスキーなどの入門的な小品ばかりなのですが。
先日、久しぶりにお気に入りのヴァイオリニスト、アルテュール・グリュミオーのレコードを引っ張り出してみました。モーツァルトのバイオリン協奏曲第五番イ長調K.219、相変わらずグリュミオーのバイオリンは、美しく甘く優しく、そして懐かしく語りかけてきました。
美しさと甘さと優しさはモーツァルトとグリュミオーのバイオリンがもたらすものなのですが、懐かしさは私自身の心象によるものだと思います。このアルバムは、若い頃、東京でひとり暮らしをした時よく聞いていました。
当時、ジャズは浴びるように聞きましたが、少ないライブラリーのクラシックは一枚一枚、心をたぐるように聞いていた気がします。クラシックの曲はそのメロディのせいか、心がより情緒的に動くのです。優しく甘い気持ちに包まれたり、寂しさに閉じ込められたり・・・
と、前フリが長くなってしまいましたが、先日、久し振りにクラシックコンサートへ行ってきました。クラシックと言っても、アンコールなどでよく演奏されるような耳馴染みのよい小品を集めたもので、ブルガリアの室内楽団、ソフィアドリステンと若いソロイスト、リヤ・ペトロヴァの「名曲の花束」というものでした。
大阪にあるザ・シンフォニーホールは初めてでしたが、立派なホールですね。正面にパイプオルガンが控えています。このホールはかつてカラヤンが世界一の響きとたたえたそうです。
クラシックのコンサートは東京にいたときは時々行っていましたが、田舎に暮らすようになってからは記憶にありません。ですから、約40年振りくらいになるでしょうか。
演奏曲目は順序が少し違うかも知れませんが、だいたいこんな感じでした。あまりにも有名な曲があまりに当たり前に演奏されるので、聞いていると時々何とも言えない面はゆい気持ちになりました。
それでも3曲目でしたか、シューベルトの「楽興の時~第3番」が演奏されたときは、はっとして涙がこぼれそうな気がしました。実際そんなことは無かったのですが、この曲を聞くと何とも言えない淋しい気持ちにとらわれます。
私が持っているレコードはアルフレッド、ブレンデルのピアノ演奏なのですが、その昔この曲を繰り返し聞いていたとき悲しい事があったのかも知れません。まるで前世の記憶のように、今ではもう思い出すことも出来ないのですが、身体のどこかに染みこんでいるのでしょう。
ソリストのリヤ・ペトロヴァは、最近コンクール優勝をしている注目の若手バイオリニストです。前半、後半、演奏曲目のそれぞれ半分くらいに出演していました。美しく透明なバイオリンの音色、とくに最後のツゴイネルワイゼンは全身全霊で弾く熱演でした。
あっという間の2時間でした。これだけの楽団とソリストが揃った演奏会でしたが、チケット代はとってもリーズナブルでボブ・ディランやダイアナ・クラールの4分の1ほどで済みました。
余談ですが、ザ・シンフォニーホールはJR大阪駅から歩いて20分もかからないところにあります。正面には大きな木立のある小さな公園があり、開演を待つ人たちなのかたくさんの人がベンチに腰掛けて寛いでいました。その公園の端とシンフォニーホールの角に二軒の喫茶店が並んでありました。
そのうちの一軒がこちらです。静かな佇まいのホールと公園のなかで、このピンク色の庇の文字が遠目にも目立ちました。店名のアントレより「珈琲は黒い魔女」の方が目立っています。是非入って見たかったのですが、あいにくこの日は定休日の看板がぶら下がっていました。
仕方ないので、一軒おいて隣のこちらのお店に入りました。こちらも入り口からして雰囲気を出していますが、内装、椅子やテーブル、昭和感たっぷりのたたずまい、今では懐かしいお店でした。
店内はほぼ満席に近い状態、年配のウェイトレスさんが一人、休みなく動き回っていました。私は一人だったのでなんとか座る事が出来ました。
入り口の扉に、小さなメモのような張り紙で、店内でパソコンを使うな、文章を書くな、寝るなというようなことが書かれていました。店主のこだわりでしょうか。そのせいもあって、店内の写真を撮ることもはばかられました。
あちこちから聞こえてくる大阪のお喋りの間を縫うように、店内にはジャスが流れていました。カウンター近くにアンティークラジオのような形をしたsunsigmaと言う見慣れない機器があり、そこには黒い太いコードが一本だけ繋がれています。たぶん、有線ではないかと思うのですがエンドレスにジャズが流れていました。
都会へ行くと、こういう個性のあるお店に出会うことがあるので楽しいですね。田舎はなかなか喫茶店そのものがありませんし、あっても大手チェーン店であったりしてあまりありがたくもありません。
演奏会はマチネでしたので、終わって大阪駅に戻り、いつものようにヨドバシカメラ店内を少し見て歩きました。そんなに長居したつもりはなかったのですが、外へ出ると外はもう暗くなっていて、街はもうクリスマスイルミネーションにきらめいていました。
今日はジャズではなく、クラシックから選曲することにしました。アルテュール・グリュミオー、アルフレッド・ブレンデル、どちらも偶然なんですがA行で始まる演奏家です。どちらにしようか大いに迷いましたが、こちらは私のお気に入り、クララ・ハスキル&アルテュール・グリュミオーのモーツァルトです。