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イルカほのぼのコンサート [音楽]

 9月の半ばにめまいでひどい目に遭いましたが、ちょうどその頃が季節の変わり目だったようで、その後比較的穏やかで過ごしやすい日が続いている気がします。

 めまいの方も再発することもなく、今ではなんの愁いもなく快活に動けることのありがたみを痛感しているところです。疲労、寝不足を溜めないように気をつけて過ごしています。

 昨日から10月に入りましたが、2月9日に「イルカのほのぼのコンサート」に妻と一緒に行った時の報告です。半年以上も前のことなので記憶が少し曖昧になっています。


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 会場はJR米原駅の近くでしたが、車で来ている人が多かったように思います。広い駐車場がいっぱいでした。車から降りてくる人たち、私たちと同年配のご夫婦を多く見かけました。

 滋賀県文化産業交流会館のイベントホールはその名の通り多目的ホール、体育館のように広くて天井も高く空間たっぷりでした。私たちの席はアリーナ席でパイプ椅子でした。前から数えて8番目の左端。

 振り返るとパイプ椅子の並んだ客席の後ろは黒い階段状の稼働式の客席でした。通常のコンサート会場とはずいぶん違った印象でした。

 新型コロナのことが騒がれ始めた頃です。会場にはマスク姿の人が目立ちました。私はマスクをしていませんでしたが妻はしていましたね。

 イルカがトークでマスクの客席をいじりながら、この前の三重県でのコンサートでは、会場側が一人一人にマスクを配っていたエピソードを披露していました。

 イルカは、いつものつなぎを着ての登場です。彼女の左隣にギタリスト、右隣にキーボードというこじんまりした構成です。イルカのギターは彼女が弾き語りするちょうど良い高さに宙に浮くようにセットされています。

 トークと歌声が優しくて、タイトルのほのぼのコンサートと言う名前がぴったりするようなコンサートでした。演奏された曲はそれほど多くなく、私が知っているのは「なごり雪」「雨の物語」「サラダの国から来た娘」「海岸通」程度でしたが懐かしかったです。

 ステージの後ろには液晶パネルが配されていて、そこにイルカのメッセージやいろいろ映像が流れるようになっていました。イルカはその画面を見ながらトークを進める事もありました。

 歌の合間のトークでは息子さんで同じくシンガーソングライターの神部冬馬さんの話をしたり、お孫さんのこと、彼女が親善大使をしている国際自然保護連合こと、着物の手描きのことなどをユーモアを交えてお話ししていました。

 イルカのトークや歌ももちろんのことですが、生で聞こえてくるギターの音色も良かったですね。会場の広さの割にこじんまり感のあるライブ、イルカの個性なのか、会場のせいなのか手作り感、アマチュア感(演奏や歌のことではない)を感じさせるコンサートでした。





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「エール」で思うこと [音楽]

1-DSC_4198.JPG 庭のハクチョウゲの小さな花が満開を迎えています。


 NHK連続テレビ小説「エール」がこの4月から放送されています。前作の「スカーレット」に半年間慣れ親しんでいたので、新しいドラマにすぐになじめないのはいつものことです。

 それでも日課のごとく毎日見ていると、少しずつ新しいドラマに引かれていくのもいつものことです。ようやく知っている曲などが出だして面白くなり出してきたなと思っていたら、新型コロナの影響で撮影がストップしていて、6月中に放送が休止されるそうです。

 ドラマの主人公古山裕一のモデルとなった作曲家古関裕而さんのことはこれまであまり知りませんでした。萩本欽一さんが司会する「オールスター家族対抗歌合戦」で審査委員長としていつもニコニコされていたのをかすかに覚えている程度でした。

 「エール」が放送される前後から古関裕而さんの情報が入ってきて、阪神タイガースの応援歌「六甲おろし」や読売巨人軍の応援歌「闘魂込めて」、高校野球の歌「栄冠は君に輝く」、早稲田大学、慶応義塾大学の応援歌、果ては東京オリンピックの行進曲まで作曲されていたとは知りませんでした。ザ・ピーナッツが歌った映画「モスラ」の挿入歌「モスラの歌」もだそうです。

 音楽家の生涯を描いているので番組中に演奏場面や歌の場面が挟まれのも良い効果をもたらしている気がします。実際歌の場面では歌唱力のある俳優さんが起用されているそうです。

 また実在の人物とおぼしき人が出てきます。新型コロナで亡くなった志村けんさん演じる小山田先生は、山田耕筰さんらしいです。しかし、木枯正人が古賀政男さんとは、番組中に歌われた「影を慕いて」や「丘を越えて」でやっと分かりました。

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田植えの時期になると咲くナガミヒナゲシ

 5月3日、「エール」関連番組として――あの日あの時あの番組「作曲家 古関裕而~昭和を奏でた音楽人生~」――が放送されました。

 ゲストに萩本欽一さんがリモートで出演され『オールスター家族対抗歌合戦』での古関さんのエピソードを語られていました。古関さんは寡黙で非常に穏やかなお人柄だったそうです。

 番組のメインは以前放送された「ビッグショー古関裕而」を編集したものでした。早稲田大学や慶応義塾大学の応援歌はあまりなじみがありませんが、夏の甲子園大会の「栄冠は君に輝く」などは聞くたびに胸が熱くなります。新型コロナの影響で今夏の大会は中止になったそうで非常に残念です。

 とくに「とんがり帽子」、伊藤久男「イヨマンテの夜」、「君の名は」、二葉あき子「フランチェスカの鐘」岡本敦郎「高原列車は行く」、藤山一郎「長崎の鐘」は懐かしかったですね。

 これらの曲も古関裕治さん作曲とは知りませんでした。私より私の両親が青春時代を過ごした昭和20年代に作られ流行った曲たちです。

 私が子供の頃はテレビは一家に一台でした。両親がテレビでこれらの曲を聞き入っていた時、私も一緒に聞いていました。そのせいかこれらの曲を聞くとなぜか自分もその時代を体験したような錯覚に陥ります。そしてその頃、両親は若く健康で私はまだ何も知らない暢気な小学生でした。

 番組での古関裕治さんはもう白髪交じり、歌手の皆さんもそれ相応に年齢を重ねておられました。1975年の放送だったのですが、ひょっとしたら両親も見ていたかも知れません。

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ご近所のコデマリ


 とくに[長崎の鐘」には思い入れがあります。もともと好きな曲でしたが、友人もこの曲が大のお気に入りで酒を飲みに行くと、この歌を歌える店の人に歌ってくれとせがんでいました。

 こよなく晴れた青空に哀しと思うせつなさよ~出だしから透明な哀しみが迫ってきますね。この友人が事故で急死しました。翌朝、6月なのに空は青く晴れ渡っていました。私はその空を仰ぎながら、彼が好きだった「長崎の鐘」の歌詞を重ねていました。

 「長崎の鐘」は古関さんのトークに寄れば、戦時中に軍歌などを作って若者を戦地に追いやった自責の念と亡くなった方への鎮魂の意味を込めて作ったとおっしゃっていました。

 番組中、軍隊の集合写真に石川達三、久米正雄、西条八十などとともに古関さんの姿がありました。若い才能が戦争に利用されたのもまた戦争の悲劇のひとつですね。

 いろいろな思いを込めて、戦争の苦しみ哀しみがこの歌「長崎の鐘」に凝縮され昇華されていったのだと思います。

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アジサイはまだこんな状態です。

 


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お出かけの続きはグレン・ミラーオーケストラ [音楽]

 1月も下旬に入ったというのに今日は去年の11月の話です。前々回でしたか大津へお出かけしたときの続きがそのままになっていました。

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 11月24日の日曜日、大津市民会館へグレン・ミラーオーケストラを聞きに行ってきました。11月はダイアナ・クラールのコンサートに行ったばかりだったのでずいぶん迷いました。公演一週間ほど前にチケット状況を見たら、ちょうど真ん中の席がひとつだけ空いていたので思い切って申し込みました。

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 大津市民会館はフェスティバルホールなどと比べると地味で建物もずいぶんくたびれて見えます。おそらく入るのは初めてと思うのですが、ひょっとしたら高校生の頃、学校の催しなどで来ていたかも知れません。

 コンサートとは別の市民の催しなどもあるせいか、日曜日の午後の市民会館の狭い入り口ロビーは高齢者でごった返していました。

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 ホールは入り口を入って右手の階段を上がります。その前に左手にあるトイレで用を足しておこうとそちらに向かう途中、見たことがある彫塑があって思わず見上げました。高校時代お世話になったY先生の作品でした。

 私はその頃美術部に属していて同じ彫塑をY先生から学んでいました。この作品は私が美術部に属していたときに先生が制作されていたのでよく覚えています。モデルは同じ美術部のI先輩でした。もうお二人とも亡くなってしまいました。

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 ホールは客席1300ほどのこじんまりしたものでした。椅子もかなりくたびれていてお尻が痛くなりそうなものでした。

 入り口の混雑からして会場は高齢者が多いように思いました。しかし席に座って見回してみると案外若い方たちの姿もありました。私の席の両側も20歳代の男性でした。

 14時半、さて始まりです。右手から制服姿の楽団員が並んで出場してきました。あれ、制服は揃っているけれど小さいなと思っていると、なんと彼らは小学生のブラスバンドでした。

 グレン・ミラーオーケストラの公演に先立って、地元の小学生と大人のブラスバンドの演奏が30分もありました。都会の立派なホールではなく、地方の小さな会場で催されるコンサートです。GMOが地元ブラスバンドへの支援などでこういうことがあるんでしょうね。

 従って開演前に撮ったお決まりのステージの写真は、アマチュアバンドのステージのものでした。演奏の最後は大人と子供の混成ブラスバンドにグレン・ミラー楽団員が三名加わって「ムーンナイト・セレナーデ」が演奏されました。

 彼らの演奏が終わってしばらく休憩がありました。幕の向こうではステージ準備の音がしていました。午後3時、いよいよ待ちに待ったグレン・ミラー楽団のステージ開幕です。

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 (実際に写真は撮れないので、写真はパンフレットから拝借しました)

 幕が上がると背景は鮮やかなブルーにGMOのマークが浮かび上がって、それまでのアマチュアバンドの地味なステージとは対象的な華やかさでした。

 ブルーの背景に金色のGMOのマークがきらめいている様子がMG映画のオープニングに似ていたせいか、近くの女性から映画見たいと言う声が上がってました。

 楽団員の制服ジャケットは写真と違って落ち着いたブルーだったと思います。オープニングはもちろん「ムーンライトセレナーデ」です。誰もが知っているこの曲、聴いただけで浮き立ってくるものがあります。

 中央一人スーツ姿の男性はニック・ヒルシャーです。テンポの良い指揮と司会進行で、「タキーシード・ジャンクション」などおなじみの曲が次々と演奏されていきます。

 テナーやトランペット、トロンボーン奏者がステージ中央に出て来てソロを取ります。ビッグバンドおなじみの風景、そのたびにニックがメンバー紹介します。

 この人は指揮とメンバー紹介、司会をする人だと思っていたら、なんと4曲目「ディス・タイム・ザ・ドリームズ・オン・ミー」で突然歌い出したので驚きました。それがまた低いけれどよく通る声でテンポも良いのです。

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 彼は時々日本語を交えて司会をしていました。日本語が出来ると言うより丸暗記の日本語でしたがサービス精神は旺盛です。しかし、それ以外はもの凄い早口の英語でした。それがまた音楽にマッチしてとてもかっこよかったのです。

 その後、「ノーバディ・エルス・バット・ミー」で今度は女性ボーカリストのが左袖から登場しました。背が高くて綺麗な人でした。

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 声もよく出ていてビッグバンドに負けていませんでしたね。ただ高くよく伸びる声を強調しすぎる歌い方は最後の方ではちょっと退屈してしまいました。


 私は若い頃はピアノトリオやカルテット、クインテットと言った小編成のモダンジャズからジャズに入ったので、ビッグバンド中心のスウィングジャズはあまり聴いていませんでした。

 と言うか、その頃ジャズを聴くのはジャズ喫茶で沈思黙考して聞くような哲学的?スタイルが流行っていました。スイングジャズなどエンタテインメント色濃いジャズは邪道という雰囲気が少なくとも私の中にはありました。

 それでもカウント・ベイシーやアール・ハインズ、メル・ルイス&サド・ジョーンズオーケストラが来日した時は聞きに行っていました。それぞれ楽しく素晴らしい公演だったのですが、本当の楽しさを知らなかった気がします。エンタテインメント色濃いジャズというフィルターが邪魔していたのだと思います。

 それが数年前、京都北山で開かれたアロージャズという日本のビッグバンドのコンサートに行って、その時ゲスト出演していたスェーデンのトランペッター、ペーター・アスプルンドの影響などもあって、ビッグバンドの楽しさをはじめて知ったような気がしました。

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 グレン・ミラーオーケストラはもちろんかの有名トロンボーン奏者、作曲家兼指揮者のグレン・ミラーが創設した楽団です。グレン・ミラーは戦時中に飛行機で行方不明になっているので今の楽団はその意志を継いでその頃のヒット曲を再演している楽団になります。

 そのため演奏スタイルも洗練されていて隙の無い完成されたものです。演奏中トランペットやテナー、トロンボーンのソロが挟まれますがモダンジャズファンとしては短すぎて物足りないくらいです。

 また、このバンドではピアノとベースにソロ演奏はなくて、終始リズム楽器に徹していたのが印象的でした。ビッグバンドならではだと思います。

 トロンボーンやトランペットのセクションがいっせいに立ち上がって演奏する姿はいつ見てもかっこいいものです。ときおり帽子のような形の消音器を操作してユーモアを交えます。

 パンフレットにはグループボーカル:ムーンナイト・セレナーダーと記されていますが別にそういう名前のグループが参加したわけではありません。テナーやトランペットやトロンボーンの奏者が前に出てきてコーラスに参加していました。

 ビッグバンド演奏は理屈抜きに楽しめるところがいいですね。快適なテンポ、いっせいに奏でられるホーン楽器の大音量、こちらの気分を否応にも盛り上げてくれます。多少鬱屈した気分で行ってもすっきりした気分にしてくれる気がします。

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 グレン・ミラーオーケストラ、毎年来日していて今年も来日が決っているようです。

 最後の方で「イン・ザ・ムード」が演奏されると、何か応援歌を聴いているような気分の高揚を覚えてしまいました。

 地元のブラスバンドの演奏などがあったり、通常の公演より長い休憩時間があったりで14時半に始まった公演が終わったのは17時半でした。3時間、案の定お尻が痛くなりました。

 冬至までまだ一月近くあると言うのに外はもう真っ暗でした。帰りは京阪島ノ関駅を利用しないで、大津駅までの坂道を歩きました。広く静かな舗道に店の明かりがほとんどありません。歩いているのは同じコンサートの帰り客ばかりでした。 

 


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リベンジ、ダイアナ・クラール [音楽]

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 ダイアナ・クラール、三年ぶりの来日コンサートに行ってきました。前回、2016年のコンサートも行ったのですが、その詳細はこちらです。

 前回の会場はグランキューブ大阪でした。縦に細長い客席で私の席は後ろから数えて数列目という悪条件でした。おまけにその日のダイアナ・クラールは風邪気味で歌の途中で咳が出てしまうくらい調子が悪かったのです。

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 東京、石川、広島と渡って大阪公演はツアー最終日でした。会場は中之島にあるフェスティバルホールです。場所に文句はありません。ダイアナもトークでビューティフルホールと2度言っていたような気がします。

 しかも今回の私の席は前から8列目と言う好位置でした。ステージに向かってやや右寄りでしたが、前席の客の後ろ姿を一切気にすることなくピアノを弾きながら歌うダイアナ・クラールをほぼ正面に見ることが出来ました。

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 写真撮影は禁止ですが、公演が始まる前ならとスマホのカメラで急いで撮りました。それでも前に立っているスタッフに中止されている人がいました。

 開演前のステージではドラムの横でアンソニー・ウィルソンがギターのチューニングをしていました。残念ながら遠いのと暗いのとスマホのカメラのせいでピンボケです。

 開演10分ほど遅れてバンドのメンバーが登場、一番最後にダイアナ・クラールです。前回では、スラックスとカジュアルなファッションだったダイアナ・クラール、今回は白地に赤い花柄があしらわれたドレスで登場、大柄な彼女をいっそう際立たせていました。

1-ダイアナ・クラール 20191113_191114_0003_0.jpg ピアノの前に腰掛けたダイアナ・クラールは長い髪をやや神経質に何度かかき上げて演奏を始めました。低く伸びのある声が放たれた時、一聴しただけで前回とは全然違うのがわかりました。

 これが本来のダイアナ・クラールの声なんだと思いました。しかも会場はフェスティバルホール、私の席は前から8番目、悪いはずがありません。前回のリベンジを期すかのようにダイアナ・クラールの太く低い声が朗々と会場に響き渡っていました。

 前回もギターはアンソニー・ウィルソンでした。テクニックもあって味わいのあるギタリストですね。ベースは、ウィントン・マリサリスなどとも共演したことがあるベテランのロバート・ハースト、久し振りにジャズベースを聞いた気がしました。たくましいソロを聴かせてくれたドラマーは三年前と同じカリーム・リギンスです。

 今回は声の調子がよいせいか、じっくり聴かせるバラードが多く、素晴らしかったですね。実力を存分に発揮していました。その歌唱に凄みを感じるほどでした。油が乗りきっていると言う印象です。

 前回ではピアノを離れて一人ステージ中央で歌うシーンもありましたが、今回はピアノから離れず歌う時はピアノの上のマイクを引き寄せ、ピアノ演奏に入るときはマイクを離していました。

1-img241.jpg また、バックが参加せずダイアナ・クラールの歌とピアノだけの曲は今回一曲だけでした。曲名がわかりませんでしたがバラードで、情感の籠もった迫力ある歌い振りは見事、背筋にぞっくと来る瞬間がありました。 

 演奏された曲、聞いたことがあるかなと思える曲が数曲でした。ネット情報では他の会場でCry Me A Riverを歌ったそうですが、大阪会場では聞くことが出来なかったのは残念でした。

 アンコールの曲を除くと曲名がわかったのは「レッツ・フォーリン・ラブ」だけでした。曲の間に彼女がするトークはわずかな単語しか聞き取れず、ナット・キング・コールと言ったことがあったのでおそらく彼にちなんだ曲を歌ったのだと思います。 

 今回は前回よりジャズっていたように感じたのは、編成がクインテットだったせいもあるかも知れません。ダイアナのピアノとボーカル、そしてアンソニー・ウィルソンのギターソロ、ボーイングまで披露したベースソロとドラムソロ、4人の絶妙な間合いと掛け合い、ダイアナを中心にしたクインテットが心地良い緊張感の中で魅力を発揮いていたように思います。


 アンコールは2曲、CDでもよく聞くことがある「ザ・ルック・オブ・ラブ」とジャズのスタンダード「ス・ワンダフル」でした。

 終始万雷の拍手と大歓声でした。最後にステージで彼女を中心にクインテットが並んで挨拶をするとたくさんの花束が持ち寄られました。その間隙を縫って写真を撮っている人がいて、私もスマホを持ち出したのですが馬鹿正直に電源を切っていたのでチャンスを逃してしまいました。

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 演奏の興奮が終わって帰り支度を始めている観客、ステージ上ではスタッフが後片付けを始めています。満足感と心地良い疲労感に抱かれながら帰り道に着きました。

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 今日はの項目を無視して、やはりDiana Krallです。曲はアンコールでも演奏されたLook Of Love



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「君と歩いた青春2018」に行って(2) [音楽]

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 オープニングは出演者全員でジローズの「戦争を知らない子供たち」の合唱で始まりました。この日の出演者は、伊勢正三、イルカ、南こうせつ、杉田二郞、堀内孝雄、尾崎亜美、太田裕美の面々、他にスペシャルゲストとかシークレットゲストと呼ばれるクレジットされていない出演者がこの日は3名ありました。

 オープニングに続いて、杉田二郞が去年12月に亡くなったはしだのりひこの「風」を歌いました。その翌日2017年12月3日にあった「徹子の部屋コンサート」で南こうせつがしみじみと歌ったことを思い出してしまいました。

 次は尾崎亜美だったでしょうか。ついこの間のことなのに、もう出演順や歌われた曲目がはっきりと思い出せません。

 尾崎亜美の名前は知っていましたが、歌は知りませんでした。ピアノを前に「オリビアを聴きながら」を歌い始めて、ああこの歌の人だったのかと思った次第です。

 しかし、あとで調べるとこの歌を歌ってヒットを飛ばしたのは杏里で、尾崎亜美は作詞作曲だそうです。1978年ヒットと言うことでぎりぎり70年代の曲ですね。私は80年代初めかと思っていました。




 次は妻がお待ちかねの伊勢正三だったかな。ギターを抱えて「22歳の別れ」を情感たっぷりに歌いました。歌はいまいちだけどギターは上手と妻は言います。

 この歌がヒットしたのは1975年だそうです。「かぐや姫」の曲とばかり思っていましたが、正確には「風」というグループでその一人が伊勢正三だったそうです。この辺の所さすが妻は詳しかったです。

 私は南こうせつはともかく伊勢正三をあまり知りませんでした。その理由の一つに彼があまりテレビに露出していなかったからだと思います。なんと私と同い年でした。

 妻もファンの一人ですが、伊勢正三人ってかなり人気があるのですね。あちらこちらから「しょうやん」と声が上がっていました。この「君と歩いた青春」は彼のプロデュースによるものだそうです。



 堀内孝雄はこの日の出演者の中では、唯一の大阪人で大阪で開かれるのコンサートには確かにぴったりな気がしました。大阪らしいノリのよいお喋りも上手です。ただ全体の中ではやや違和感のある存在に見えました。「遠くで汽笛を聴きながら」

 もっと違和感があると言えば、元アイドルだった太田裕美ですが、彼女の歌はなんとなくストーリーが感じられて他のアイドルとも違う気がします。ピアノ弾き語りもしますし歌もうまい。

 北海道の震災と彼女の持ち歌「9月の雨」のエピソードを喋っていたので、ああ今日は「木綿のハンカチーフ」ではないのだと思ったら、やはり「木綿のハンカチーフ」を歌ってくれました。懐かしかったですね。



 突然現れたのはシークレットゲストでした。誰かわからなかったのですが、「チューリップ」の姫野達也だそうです。若い頃は伊勢正三と同じくらい痩せていたそうですが、今はタッチと呼ばれるほどの変わりようだそうです。

 私はチューリップの名前は聞いたことがありますが構成員一人一人の名前までは知らないので、彼の変わり様もわかりませんでした。「心の旅」

 スペシャルゲストの押尾コータローもクレジットされていない一人でした。ギターひとつで登場して何を歌うのかと思ったら、彼はギタリストなんですね。知りませんでした。ギター一本でラベルのボレロを演奏しました。圧巻です。

 後半の最初はイルカだったでしょうか。それまでイルカは場を盛り上げるために変な格好をして登場していましたが、やっとイルカらしいつなぎの出で立ちで登場、「なごり雪」と「雨の物語」じっくり聞かせてくれました。この二曲も作詞作曲は伊勢正三なんですね。

 

 いつまでも年齢不詳の感じがするイルカですが、もう中学生のお孫さんがいるのだとステージで喋っていました。


 南こうせつは最後の方だったと思います。いつものように「僕のお父さん」をステージ一杯走り回って歌いました。そしてにわかかぐや姫を再結成、伊勢正三と二人で「神田川」です。私の横に座る妻にちゃんと届いていたでしょうか。

 「神田川」は「22歳の別れ」より早い1973年に登場しているのですね。私の記憶では順序が逆でした。この歌が毎日のように街に流れていた頃、私はあまり良い思い出がありません。演奏の間、そんなことを思い出しているうちに歌は終わってしまいました。




 3時間あまりにも及ぶコンサートもいよいよクライマックス、お決まりのアンコールです。会場入り口で渡されたペンライトがここで登場です。照明を落とした客席でいっせいにオレンジ色のペンライトが揺れています。その様が顕微鏡の中のばい菌みたいだとイルカが言ってました。

 堀内孝雄熱唱のアリスの曲2曲が終わると最後の最後です。なんとなく「あの素晴らしい愛をもう一度」で終わってくれたらいいなと思っていたら、ここで特別ゲストの紹介がありました。

 白いスーツに身をこなした長身白髪の男性、北山修の登場です。もう70歳を超えているはずですが、相変わらず男前でかっこ良かったですね。

 私が高校生の時、「帰ってきた酔っ払い」で登場したフォーククルセイダーズも今や彼一人だけになってしまいました。彼の登場でラストの曲は「あの素晴らしい愛をもう一度」で間違いないものになりました。

 アンコールから観客は総立ちです。「あの素晴らしい愛をもう一度」の大合唱になりました。11000人以上が入った大阪城ホール、私と同世代の年配者たちで埋まっています。

 みんなと一緒に口ずさみながら、この光景を若い人が見たらどんな風に写るのだろうかとちょっと覚めた目であたりを見回していました。 

 


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「君と歩いた青春2018」に行って(1) [音楽]

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 先週の土曜日、大阪城ホールへ行ってきました。「君と歩いた青春2018」を聞きにです。

 ずっと私ばかりコンサートに行っているので、その罪滅ぼしに妻に行きたいコンサートを聞いたら、「かぐや姫」や「風」、イルカの歌を聞きたいというので探していてこのコンサートを見つけました。ただ去年は何か他の用事とぶつかって行けなかったのです。

 それでその代わりに、南こうせつが出る黒柳徹子の「徹子の部屋コンサート」や、「母の日のコンサート」に出かけたのですが、妻はやはり伊勢正三やイルカが聞きたいと言います。

 伊勢正三、イルカのコンサート、関東ではよくあるようなのですがなかなか関西まで足を伸ばしてくれません。結局一年後、遠回りしてようやく元の「君と歩いた青春」コンサートに行くことになりました。

 行ってみてはじめて知ったのですが、「君と歩いた青春」コンサート、なんと今回でもう10回目になるのだそうです。

 私はもちろん有名な「22歳の別れ」「神田川」「なごり雪」などは知っていますが他はあまり知りません。どちらかというと付き添い気分なのですが、密かに「木綿のハンカチーフ」の太田裕美を楽しみにしていました。


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 ずいぶん涼しくなった9月ですが、この日の大阪はまた暑くて30度近くあったのではないかと思います。開場まで一時間あまり早く着いたので、寝屋川沿いのベンチに腰掛けて景色を眺めたり、大阪城公園をぶらついたりしました。

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 大阪城ホールの横を流れる寝屋川。対岸はビルで囲まれています。その頭上を飛行機が飛び、水上にはいろいろな形の水上バスが何度も行き交っていました。

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 大阪城ホールからぐるっと回って、大阪城の麓まで来ました。大阪城、私は数年前同級生たちと上がっています。妻に入るか聞きましたが、もういいという返事。お城に繋がる橋を行き交う人たち、日傘を差したり短パンだったりで夏の出で立ちですね。

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 公園内をレトロなロードトレインが走っていました。内堀を金ぴかの御座船が航行しています。土曜の午後とあって、公演ではランニングしている人や野球を楽しむ人たちがいました。

 私たちは開演まで中途半端な時間しか無かったので、水上バスにもロードトレインにも乗らず、ただ暑い中を歩いただけでした。あまり暑く歩き疲れたので、妻はコンサート中に眠ってしまうかも知れないなどとこぼしていました。

DSC_7829.JPG お城の門の入り口脇で鷹を扱っている人たちがいました。鷹は懐いていて飛び立ちません。観光客がカメラを向けても平然としていました。

 ブラブラしているうち開場時間が過ぎ、開演時間30分前が近づいてきたので私たちは大阪城ホールに向かうことにしました。

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 ビルの下、木々の間から大阪城ホールの丸い銀色の屋根が見えます。

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 席はアリーナ席でした。しかも中央ど真ん中の席です。アリーナ席、初めての体験だったので行くまでは期待していたのですが、実際行ってみると思ったよりステージから遠く、しかも席が階段状になっていないのでステージは見にくかったですね。

 私の席の前の方が大柄な男性で閉口しました。しかもパイプ椅子のような補助椅子は長い間座っているとお尻が痛くなりました。

 ただ他の席に比べればステージに近く、ステージと同じ高さなので音は迫力がありましたね。久し振りのライブ、堪能しました。

 長くなりそうなので、続きは次週にします。


 「君と歩いた青春」というタイトルの曲があったのですね。この企画の始まった当初から太田裕美が歌い続けているそうで、この日も披露されていました。



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Song For My Father [音楽]

 台風で一息ついたかと思ったら、また酷暑に逆戻りです。それどころか今日は40度超え観測数が過去最多だったそうです。40度超えの地点があること自体驚きなのですが。

 暑くてもやらなければいけいない事はあるので、必要最低限のことだけして後はじっと耐え忍んでいる感じです。この暑さ、いつ終わる目途も立っていませんしね。

 ただ、日は確実に短くなってきています。これからさらに短くなっていきます。日照時間が短くなると、それだけ籠もる熱も少なくなっていくのではないでしょうか。

 昼間の暑さは溜まりませんが、今日の夕方6時頃、少し風があってこの間までよりましな気がしました。お盆を過ぎたら、朝晩は少し凌ぎやすくなるのではないでしょうか。


 今日は掲載する写真がありません。この一週間、一枚も写真を撮っていません。今日、淡いピンク色の芙蓉の花を見かけたのですが、その花の印象だけが残っていてどこだったかすぐに思い出せませんでした。

 一月半に一回行っている病院の駐車場でした。この夏の暑さにもめげずすくっと咲いていている姿が印象的でした。花を見上げなから、ああカメラを持っていないなぁと思ったのです。


 今夜のHHorace Silver(ホレス・シルバー)です。ホレス・シルバーは好きなピアニストの一人です。名演奏一杯ありますが、おなじみのSong For My Fatherを選びました。YouTubeの演奏は、レコードの演奏に比べてテンポが速くあっさりして聞こえますが、シルバーのピアノソロからは熱いジャズの息吹が伝わって来ます。暑い夏には、熱いジャズです。



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雨の音 [音楽]

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 梅雨に合わせて庭のアジサイが咲き出しました。今年の梅雨は、気温の低い日が多いですね。雨の合間に晴れ間が出ても、からっとしていてジメジメしません。

 昨日の朝は、まさにそんな朝でした。この時期にしてはからりとして気持ち良く、こんな日は何かいいことがあるかなぁと思えるような朝でした。結局、これと言っていいことはありませんでしたが、悪いこともない日でした。

 去年は、前半空梅雨でした。いつ梅雨入りしたのか知りませんが、日記を見ても6月7日から6月20日まで雨の記述がありません。そして毎日暑い暑いとこぼしています。

 しっとりしめやかな雨の降る梅雨の前半は嫌いではありません。ずっとコンボジャズを聞いていたのにピアノトリオが聞きたくなったり、クラシックのピアノ曲が聞きたくなったりします。理由はないのですがなんとなくそんな気分になるのです。

ショパン:夜想曲全集

ショパン:夜想曲全集

  • アーティスト: ピリス(マリア・ジョアン),ショパン
  • 出版社/メーカー: ユニバーサル ミュージック
  • 発売日: 2014/01/22
  • メディア: CD
 ピリスのモーツァルトのアルバムは何枚も持っているのですが、ショパン、ベートーベン、シューベルト、シューマン、ラベルも弾いているみたいなのでオークションを物色してCDを数枚買いました。

 中にはピリスのCDなのに100円で落札出来たのがあって驚きです。最近は、中古CDより中古レコードの方が高いことがあります。中古CDは中古レコードに比べて音の劣化の心配が少ないところがいいですね。


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 ナンテンの花も咲き始めました。クローズアップしないとそれとわからない小さな花です。

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 栗の花はこのままがいいですね。

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 柿の花を探して見上げたらもう実がなっていました。今年は豊作の年でしょうか。


 ピリスが弾くショパンの夜想曲が聞こえてくる向こうの窓から、雨のしずくの音が聞こえてきます。音楽を聞く上では雑音になるのでしょうが、今のこの時期、この気分で聞くにはそれもまた乙な演出に思えます。


 今夜のYouTubeはジャズを一休みして、マリア・ジョアン・ピリスが演奏するショパンの夜想曲です。


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No Problem [音楽]

 お正月も3ヶ日、7日正月はおろか、小正月も瞬く間に過ぎて行ってしまいました。もう正月気分はどこにもないはずですが、お正月独特ののんびりした雰囲気だけは続いています。

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 今年はお正月からずっと寒い日が続いていました。とくに先週は本当に冷え込んで、外に出ると痛いほどでした。よく雪が降らないものだ、暖かい四国や九州に雪が降ったのにと不思議でした。


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 と思っていたら厳しい寒さが続いた三日目の土曜の夜、とうとう当地にも雪が降りました。今冬、初めての積雪です。あっという間に5センチほど積もりましたが、翌日曜は暖かいお天気だったのでほとんど溶けてしまいました。

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 今週になって一転、今度は春のような暖かい日が続いています。そんな中、家の裏の畑でモズが日向ぼっこしていました。なかなか近寄れなくてこんな遠い写真しか撮れません。

 ブログを一週休んだら、ブログの訪問もサボってしまい慌てて皆さんのところへ出かけました。その中で今年は寒さがきびしいせいかツグミロウバイをまだ見かけないとコメントしたのですが、そんなコメントをした翌日、家の裏の休耕地でツグミを見つけました。

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 こちらはシロハラでしょうか。山では時々見かけますが、家の裏に来るのは珍しいです。枝の上や休耕地でのんびりしているツグミと違って、こちらはけたたましい鳴き声を上げながら忙しく飛び交ってました。

 ツグミが来たのならひょっとしたらロウバイも咲いているのではないかと、ご近所のロウバイを見に行きました。

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 やはり咲きかけていましたね。まだ蕾が多かったですが膨らみだした花がいくつかありました。暖かくなってきて急に咲きだしたのでしょうか、それともただ見落としていただけ。

 書きながらそう言えば、去年もこんな記事を書いていたようなデ・ジャブのような記憶が蘇りました。

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 でも、いつも暮れには咲く庭のスイセンは今年まだ蕾です。これこそ寒さのせいだと思っていたら、妻が夏に植え替えたのだそうです。

 去年の暮れと言っても、12月は一月前にしか過ぎないのに、年が変わった途端のこのまったり感はなんでしょう。いずれにしても、静かで穏やかな滑り出しには違いないようです。


 年が変わったのでそろそろDを終えてEの項目に移っても良い頃なんですが、Duke Jordan(デューク・ジョーダン)を忘れていました。
 約30年程前、彼はこの田舎の隣町のホールに来てくれました。田舎に戻って数年、ジャズを久しく体験していなかった私は、喜び勇んで駆けつけました。
 田舎のホールのこと、残念ながら満員ではありませんでしたが、彼は細身の身体にベージュのベストにスラックス、口ひげを蓄えたおしゃれなジイサンという出で立ちで、本場のピアノトリオを聞かせてくれました。

 YouTubeの演奏は「危険な関係のブルース」の演奏も懐かしいのですが、今夜は彼のピアノで「No Problem」です。



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徹子の部屋コンサートへ [音楽]

 12月に入った最初の日曜日、先月に引き続きまた大阪へコンサートに行ってきました。しかし、今回雨は降りませんでした。私一人ではなく妻が一緒でした。風もない暖かな日和でした。

 妻とは去年、京都へ井上陽水を聞きに行ったきりでした。二人で行けるコンサートを早くから物色していたのですがなかなか適当なのが見つかりませんでした。


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 妻は、伊勢正三、イルカ、南こうせつが出るコンサートが希望でした。三人、あるいは二人が揃うコンサートは、関東圏が多く近辺では見当たりません。ようやく見つけたのが今回の「徹子の部屋コンサート」

 ここにかろうじて南こうせつが出ます。実はその少し後にNHKホールで彼の単独コンサートが組まれていたのですが、私の独断でこちらにしてしまいました。

 数ヶ月前にチケットを入手、ところがそんな日に限ってお寺から前住職の3回忌法要が催される案内が後から届きました。しまったと思ったのですが、幸いお寺は午前中、「徹子の部屋コンサート」は夕方からだったので無事行くことが出来ました。

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 妻はフェスティバルホールは初めてです。かく言う私もボブ・ディラン以来二度目なのですが、この立派なホールを妻にも見せたかったのです。

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 少し早めに着いたので、フェスティバルホールに同居するオフィスに弟が勤める会社が入っているので案内板を見て確かめたり、堂島川に掛かる錦橋の上でぼんやりと開場を待つことにしました。外にいても苦にならない暖かな午後でした。

 ホールに入ってみると、予想以上に年配のご婦人やご夫婦が多かったですね。私たちもそのうちの一組だったのですが、他のコンサートに比べて観客の平均年齢はかなり高めに見えました。

 ホール内のショップも大勢のご婦人客でごった返していました。ボブ・ディランのコンサートではなかったことです。

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 私たちの席はバルコニーボックス席でした。探す前に妻が係の人に聞いたらと言うので扉の前に立っていた係の女性に聞きました。すると赤いスーツを着た係の女性はご案内しますと言って先に歩き出しました。

 反対のL側だったのでなかなかの距離です。大げさだな、適当なところで口頭で案内してくれれば良いのにと思いながら付いていきました。

 丁寧に座席に着くまで案内してくれました。バルコニーボックス席の入り口は他の入り口とは別で教えてもらわないとちょっとわかりづらいものでした。案内してもらって正解でした。

 扉から中に入っても、通路は薄暗く少し入り組んでいるので迷いそうです。実際、私たちが座ってからも何組もの客が間違って入ってきました。

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 写真は私たちの席から対岸を撮ったものです。あちらはR側ですね。上方、人影がある席が私たちの席と対になるところです。かなり高いです。

 バルコニーボックス席なんてもちろん初めてです。妻は気に入ってました。回りを気にしなくて良いし、前の席の客の頭が邪魔になったりもしないので喜んでいました。トイレに行くときなども気を遣わず席を立てます。

 特別な席のようにも見えますが、実際はS席二枚より安くついたのでした。見晴らしは最高です。音的にはどうだったか、少し低音が被って聞こえた気がしました。

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 バルコニーボックス席は一階客席の上にせり出している格好なので下を見下ろすとその高さに気持ち悪くなりそうでした。上から物を落としはしないかと、オペラグラスやカメラを持つ手が少し緊張しました。

 開場してすぐに入ったので客席はまばらでしたが、開演前にはもちろんいっぱいになりました。上から見ていても、普段のコンサートではなかなかお見かけしない年配の方の姿がありました。たまに若い人の姿があると、それは付き添いで来ておられるようにみえました。


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 舞台には、テレビでおなじみの徹子の部屋のセットが組まれていました。セットは写真では白く写っていますが淡い緑青色だったと思います。そして左の空間、楽器がすでに配置されているところで演奏が行われました。

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 大きな拍手に迎えられて、徹子さんが右側の大きな花の飾りと小さな花の飾りの間に登場しました。ふんわりとしたデザインの豪奢な模様がちりばめられたドレスでした。裾まであるので立っているのか座っているのかわかりません。あとから椅子が差し出されてこし掛けられたので、立っていたのだとわかりました。

 横に並んでいる白い椅子にゲストたちが歌い終わったあとこし掛けて、徹子さんとトークを繰り広げるのでした。ゲストの人数に応じて椅子の数がスタッフによって増減されました。普段のコンサートでは見られない光景です。 

 徹子さんは、オペラグラスで見てもきれいでしたね。声はいつものあの甲高い張りのある声で、年齢を感じさせません。ただ数ヶ月前に骨折をされたと聞いていたのでどれくらい快復されているか気になっていました。舞台では歩かれる場面はなく、3度のお色直しは幕間や演奏の間にスタッフによって椅子ごと移動されていました。


2017-12-004.jpg 今回のゲストの顔ぶれは南こうせつやビリーバンバン以外、妻にはやや年齢が高い構成でした。

 最初がジャッキー吉川とブルーコメッツです。ヒット曲「ブルーシャトー」を歌いましたが、この歌がヒットしたのは私が高校生の頃でしたから、6歳下の妻はまだ小学生だったと思います。

 グループサウンドが流行った時代に髪を伸ばさずいつもスーツにネクタイ姿で爽やかに歌っていました。しかし、この日登場したメンバー、オペラグラスで見ても誰が誰だかわからない変わりようでした。

 あとで三原綱木さんだけ思い出しました。リーダーのジャッキー吉川さん、くも膜下出血から復帰されたのだそうですがその力強いドラムが印象的でした。

 トークでメンバーのうち二人80歳の方がおられると知り驚きました。ジャッキー吉川とブルーコメッツ、そろそろ演奏活動を終了されるようなことをおっしゃってました。

 次に登場したのが妻お待ちかねの南こうせつでした。妻は手すりに寄りかかるように身を乗り出して聞き入ってましたね。まず「うちのお父さん」で場を盛り上げて、一瞬のうちにこうせつの世界へ観客を引っ張り込みました。

 2曲目は前日の二日に亡くなったはしだのりひこさんを偲んで、「風」を歌ってくれました。
 ――何かを求めて振り返っても、そこには風が吹いているだけ――
 いい曲です。弔うにふさわしい曲に思えました。

 最後に「夢一夜」をしっとりと歌ってくれました。こうせつさん、ずっと演奏活動続けているだけあって高い声もよく出ていて歌うまかったです。

 3組目がビリーバンバンでした。こちらもお兄さんは脳出血で倒れ、今も後遺症で半身不随、車椅子に乗っての登場でした。弟さんも数年前に大腸ガンを患ったそうです。しかし、相変わらず歌はうまかったです。「白いブランコ」「さようならをするために」「また君に恋している」と私でも知っているヒット曲を惜しげも無く披露してくれました。

 歌は一組平均3曲でした。そのあと徹子さんとのトークで盛り上がります。時間が来ると朝日放送のアナウンサーが舞台袖に現れて、リコーダーやハーモニカでゲストのヒット曲のさわりを演奏して時間切れを知らせるという趣向でした。

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 前半が終わって、休憩に外に出てみたらロビーは人でごった返していました。徹子さんや出演者のいろいろなグッズやCDなどが販売されていたようです。開演のブザーが鳴ったので席に戻ろうとしたら案の定、入り口を間違えて違うところに出てしまいました。

 後半は、中尾ミエ、園まり、伊藤ゆかりの三人娘が最初に登場しました。3人とも揃いの真っ赤な衣装で度肝を抜きましたが、なんと平均年齢70歳とか。

 よく考えると私とそれほど違わないのですが幼い頃から芸能活動をしているせいかもっと上に思っていました。 彼女たちが三人娘として活躍していた頃、私はまだ小学生だったと思います。「逢いたくて、逢いたくて」や「小指の思い出」がようやく中学生か高校生でした。

 三人娘として出演していた頃の和製ポップスを歌い踊って、最後にそれぞれのヒット曲をワンコーラスずつ歌ってくれました。「可愛いベイビー」「逢いたくて逢いたくて」「小指の思い出」

 次は宇崎竜童、阿木燿子夫妻。熱烈なファンがいるのか客席から大きな拍手が起こっていましたが私は「港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ」しか知りません。宇崎さんかっこよかったし、阿木燿子さんもきれいでしたね。
 エレキギターとベースの音がバンバン響いていましたが、妻はあまり興味がなさそうでした。トークは竜童氏のとぼけが効き過ぎて徹子さんとなんとなくかみ合ってなかったような気がしました。

 最後が八代亜紀でした。いつもの紫がかったドレスで登場、背が高くて舞台映えする人ですね。一曲目は、雨雨ふれふれでおなじみの「雨の慕情」でした。

 彼女はジャズを歌っているのでひょとしたらと思っていたら、2曲目はなんとYou’d Be So Nice To Come Home Toでした。私的にはこの夜いちばん盛り上がったかな。最後は最大のヒット曲、「舟唄」でした。

 トークの時にさわりだけ口ずさんだ「なみだ恋」も聞いてみたかったなと思いました。この人は本日出演されたゲストの中では最年少だったそうで、「最年少」の響きが気持ち良いと何度も言ってました。トークも彼女が最後のせいか、徹子さんがなかなかお喋りを止めなくて会場の笑いを誘ってました。

 ちなみにあとで八代亜紀さんの年齢を確かめたらそれでも私よりひとつ上でした。もっと若いイメージだったのは、デビューが遅かったからでしょうか。

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 外国人歌手のコンサートだと正味一時間半ほどですが、この夜は五時に始まって終わったのは九時でした。なかなか中身の濃いコンサートだったと思います。

 一人の歌手の歌をじっくり聞くコンサートも良いですが、今夜のように色とりどり、いろいろな方の歌とトークがあるコンサートもなかなか面白い企画ですね。

 それぞれヒット曲をなつかしく聞くことも出来ましたし、黒柳徹子さんのお喋りも楽しめました。行く前は出演者の顔ぶれに少し難癖を付けていた妻も、それなりに満足できたようでした。

 帰ってから彼女は、いつもの韓国ドラマをストップしてYouTubeで懐かしい歌を聞きまくっています。私もコンサートの余韻を楽しむように少しだけ振り返ってみました。

 なお、この夜のコンサートの模様は、2月だったかテレビ放映があるようなことを案内されていたように思います。

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 今夜のYouTubeはDではありませんが、八代亜紀さんのYou’d Be So Nice To Come Home Toです。日野皓正さんがトランぺットを吹いていますね。


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