上京二日目の午後、同級生たちと別れた私は、懐かしい中央線沿線を各駅停車で移動しました。東中野、中野と歩いて次はお隣の高円寺に降り立ちました。
この街にはそれほど深い思い出や人とのつながりはないのですが、なんとなくよく歩いた街でした。南口高架線路沿い路地を入った所に「洋燈舎」というジャズ喫茶があって、ちょくちょく通っていました。ここはLUXの真空管プリメインSQ38とJBL D130+175というあこがれのオーディオが組まれたお店でした。
もっともこの洋燈舎も、私が東京を去ってしばらくしてから来た時はもうなくなっていました。確か、ロックのお店になっていたように思うのですが、似たような路地がいくつもあって実際どの場所だったかはっきりしません。
他にも記憶が曖昧で確かめたいと思うことがあったので、早く西荻窪に行きたい気持ちを抑えて高円寺に降りました。降りて駅前に立つとあったはずの大きなアーケードの商店街が見当たりません。え、東京でも商店街潰れているのかと少し焦ったのですが、何のことはない南口と北口、出口を間違えたのでした。
ぼんぼちぼちぼちさんがおっしゃっていたように駅近くの中央線高架下、怪しげな界隈は今も健在でした。薄暗い通路の回りにお店がポツポツとあって一種独特の雰囲気を醸しているのですが、普通に学生や勤め人が歩いたり自転車で通り抜けたりしていました。
その中の一件の古本屋さんは、以前見かけたお店と同じかどうか分かりませんが、なかなか骨のある店構えでした。通路に面した壁が本棚になっていて、1970年代頃に流行ったとおぼしきタイトルがずらっと並んでいました。
その本棚は、お店の人たちからは完全なブラインド、万引きし放題なのですが、持って行けるものなら持っていってみろと言った気概を感じさせる品揃えに見えました。
パル商店街という南口アーケードをずっと歩いて行き、最初に交差する道を右に折れ、さらに少し歩いて右に曲がると、そこに行き止まりのように見える空間が現れます。その一角に、名曲喫茶ネルケンがありました。私の記憶の中では夢のように曖昧になっていたのですが、行って見るとほぼ記憶通りの道順と記憶通りのたたずまいでした。
店内の様子も以前来た時とほとんど変わっていません。連休中の午後ですが、客はあまりいませんでした。老婦人が一人で店を切り盛りされているのか、注文を聞きに来てコーヒーを届けてくれました。その様子も昔と変わりないように思えました。
店内には絵画や彫刻が飾られています。誰の曲なのか、交響曲が厳かにかかっていました。クラシック音楽、絵画、彫刻、と並ぶとなんとなく般若坊さんのブログを連想してしまいます。
歩き疲れたこともあってもっとゆっくりしたかったのですが、旅人には時間がありません。コーヒーを飲むだけ飲むと、お店を出ました。外はすでに薄暗くさらに日暮れの気配を強めていました。
私はその時点でこれから西荻窪に行くことをあきらめ、明日に回すことにしました。もう一件行きたいお店があったのです。アーケード街に戻ってさらに先へ進みました。思ったより近くに名曲喫茶ルネッサンスの黄色い看板を見つけることが出来ました。
ここは中野の「クラシック」が、2005年に閉店してその二年後に、その遺志と遺品を受け次いで開かれたお店だそうです。 店は「クラシック」と違って、地下一階にありましたが、店内の様子、調度などははやり「クラシック」を忍ばせるものがありました。
今時、珍しく各テープルに大きな灰皿が用意されていました。ホルストの「惑星」の後、耳になじみのチゴイネルワイゼンがかかりました。
世間の喧噪から隔離された空間は別の時間が流れているようでした。東京に住んでいたら休みの日、こんな店で午後のひとときを過ごしてみたくなるようなお店ですね。写真には写っていませんが、若いお客も数人いました。
ルネッサンスを出ると、外はもうほとんど暮れていました。アーケード街を元来た方向へ駅に向かって戻ります。足取りは軽く、数十年前の若者の様に早足です。少しも疲れを感じません。
夕暮れ、知らない都会の街を一人で歩いていると、一瞬不安の様なものが過ぎります。以前ならどんなに遅くなっても、汚くて狭いけれど帰るアパートがありましたが、今はありません。
高円寺駅まで戻ると、すっかり暗くなった街にネオンサインの明かりが賑わっていました。せっかく来たので北口も少しだけ歩いてみます。やはり駅前にシャッターが降りた小さな間口の本屋の跡があり、路地を行った所、かつてあったとおぼしきあたりに映画館はありません。
写真ではわかりにくいですが、正面が高円寺北口にある「高円寺純情商店街」です。昔からこんな名前だったかなと思って調べてみたら、昔は『高円寺銀座商店街』だったそうです。ねじめ正一さんの小説の舞台となって、この名に変わったようです。
中央線快速は、休日、高円寺には止まらないので、結局ずっと総武線各停に乗って、阿佐ヶ谷、西荻窪を通り越してもう夜のとばりに包まれた吉祥寺に向かいました。
サンロード入り口です。暗くなっても相変わらずたくさんの人たちですね。そして歩いている人たちが若いです。とうぜんですが。
吉祥寺の街中を歩いていたら、diskUNIONの看板が目にとまりました。今回の旅行でdiskUNION、audioUNIONにも寄ってみたくて、新宿の店は検索してあったのですが、思いがけず吉祥寺で見つけたので入って見ることにしました。
店内はたくさんのレコードとCD、それに音楽関係の中古雑誌や書籍が置かれていました。レコードの棚の前に立って、すぐに荷物になるので買えないなぁと思いました。レコードは、オリジナルや稀少盤でもない限り、安いように思えました。
「FUNKY」です。場所は同じかどうか知りませんが、かつてはジャズ喫茶だったお店ですが、今はこじゃれた飲み屋さん風になっていて、ちょっと一人で入るには敷居が高く思え、スルーしました。
次に見つけたのがSOMETIMEです。こちらも昔はジャズ喫茶でしたが、今はライブハウスになっているようです。以前に来ているはずですが、街並みが変わり、夜と言うこともあって探すのに少し手間取りました。今は知りませんが、以前はFUNKYと同じ経営者でした。
緑色の広告ボックスに見覚えがあるような気がします。地下を降りていくと奏者のいないステージで楽器たちが静かに出番を待っていました。
レンガ造りの倉庫のような内装は昔とたぶん同じではないかと思います。演奏が始まっていない店内に軽くジャズが流れていて、以前の大音量のジャズ喫茶ではありません。
私が入店した頃は、客席まばらでしたが、演奏時間が近づくにつれ次第に席が埋まっていきました。今日の演奏者のファンや知り合いの方も見えているようです。
ジャズ喫茶ならコーヒーなのですが、ここではやはりアルコールが似合うだろうと言うことで、とりあえずビールとポテトチップスを頼んでみました。
鈴木良雄(b)カルテットです。井上信平(flt)、野力奏一(p)、岡部洋一(perc)
久しぶりのライブでした。演奏者のごく近くで迫力満点です。お酒を飲みながらリラックスして聞いてましたが、演奏はかなり熱演でしたね。
せっかく上京するので、出来たらブログでお知り合いになったジャズピアニスト小野孝司さんのライブに行きたいと思っていたのですが、ご本人のスケジュールと私の上京のタイミングが合いませんでした。と言うか、後で調べてみたら小野さんが東京で本拠地にされている銀座 CYGNUSというライブハウス、シルバーウィークの連休中はお休みなのでした。
ツーステージあったのですが、時間がないのでワンステージだけ聞いてサムタイムを後にしました。そのまま、吉祥寺の駅に向かえば良かったのですが、もう一件「メグ」を探してみました。ここは寺島靖国さんのお店です。東京在住中も入ったことあるのですが、もう場所も店の様子もすっかり忘れています。
しかし、なかなか見つかりませんでした。吉祥寺の夜も更け始めて人通りも少し減ってきているようでした。スマホのナビの案内でようやく近づいたと思ったら、通りのあちこちに黒服がいて、盛んに客引きをしてきます。とても奥まで進める状況ではなかったので、あきらめて駅に戻りました。
時刻はもう九時半を過ぎていました。新宿方面行き快速に乗り、大急ぎで向かったにもかかわらず、カレーの店「ガンジー」の明かりは消えていました。
以前来た時は昼間だったのでオーナーのkazuoさんいませんでしたが、ひょっとしたら夜ならいるかと思って期待していたのですが、少し吉祥寺で長居しすぎたようです。